スペシャル対談 LEGEND OF BERSERK 三浦建太郞(原作)×窪岡俊之(監督)

『魂を呼び込むための飽くなき攻防』

エロスとタナトスに裏打ちされた人間の本能を鮮烈にあぶり出し、映画『ベルセルク』はその真髄へと到達する。『ベルセルク』という世界を息づかせるとは、どういうことか。白熱する対談はキャスティング、音楽の話から、漫画家・三浦建太郎の原初の記憶と監督・窪岡俊之のアニメ表現哲学の深淵へと向かう。

セックス&バイオレンスはエンターテイメントの基本である

三浦
これぞ、エンターテイメント! という感じの映画でしたね。アクションもたくさんで、エピソードもたくさんあって。
窪岡
ありがとうございます。第一部を観たときに、「ちょっと物足りないかも」と感じられた方もいらっしゃって、そういう声を聞くと胸がズキズキしていたのですが、ようやく今回は、いろいろな要素を描けました。
三浦
マンガといい補完関係になっている気もしました。
窪岡
ああ、そう言っていただけると嬉しいです。
三浦
アニメならではのアクションシーンというのを、見事に実現されていますし、逆に時間的な制約から映画には入りきらない細かなエピソードなどは、マンガの方に残っていますから。両方観ればコンプリートできるんじゃないでしょうか。下世話な話ですが、エンターテイメントの基本というのは、セックス&バイオレンスであると思うので、その点でも今回はバッチリだな、と。ガッツの百人斬りの殺陣の熱量も、ものすごかったですし。
窪岡
実はあれは、当初はもっともっと長かったんですよね。削ることになって、最終的に3分の1か半分くらいのボリュームになりました。
三浦
それでもあんなにボリュームを感じるシーンに仕上がるんですね。自分が原作を描いておきながら、驚いてしまいます。
窪岡
はじめは、アドンの弟のサムソンも登場させる予定で、鉄球を振り回してガッツと戦うシーンもありました。ラフアニメーションまであがっていましたし、CGのモデリングも上がっていたんです。でも、ここを厚くしてしまうと、メインとなるべきドルドレイ攻略に時間が割けなくなってしまう。一本の映画としてのバランスを見て、泣く泣く削りました。剣を振る中でガッツが覚醒していき、その後の決断に繋がっていくという要素を守りながら、百人斬りの一幕を煮詰めていきました。
三浦
激しいバトルの中だからこそ、男に男らしさが、女に女らしさが匂い立つシーンになっていますね。前回の対談でも言ったと思うのですが、「重さ」が良い映像ですね。ガッツが振る大剣の重量感。現実の人間に実現可能なラインよりも、やや重い、というバトルにおけるファンタジーを見事に表現してくれている。
窪岡
このシーンは手書きの絵かCGかということを気にせずに楽しんでいただけるような完成度に仕上がったのではないか、と。
三浦
描き手としては、これは「絵」では描けないなあ、と思っちゃいましたけど(笑)。百人斬りが映像になって、あらためて感じたのは、マンガでは流れを描けないのだ、ということですね。止まった絵の繰り返しだから、たとえばガッツの手に矢が刺さるとか象徴的なカットを追うことによって展開していく。アニメではそのすべてが流れとして繋がった上で、マンガだとコマとコマの間で省略せざるを得ない細かなアクションのつなぎなども全部入りますし。ガッツ視点に切り替わったときの音響の処理も素晴らしかったです。
窪岡
あのへんは笠松広司さんの天才的なひらめきですね。
三浦
僕は、『北斗の拳』が大好きで、拳が読者側に突き出されるシーンが特に印象的です。「アタタタタ!」って。紙面からこっち側に攻撃が繰り出されるという構図が当時の僕には衝撃でした。『ベルセルク』にもそういう感覚を取り込みたいと思ったんですが、拳というのは点ですが、剣というのは線なので、その構図にするのは難しいのだ、ということに気づくんです。しかも、生身の拳の戦いと違って、手からひとつ道具を持ったところでのアクションになってしまう。それを延長していくと戦車や飛行機やロボットになっていき、臨場感が失われていくんですよね。マンガではそうやって、『北斗の拳』みたいな視点の変化をつけるためにどうしたらいいのかと試行錯誤していたんですが、アニメは映像なので、それが一気に解決されてしまった。そうそう、これがやりたかったんだよ! と思いました(笑)。
窪岡
バトルシーンは、剣のぶつかり合う音など、音響にもかなり助けられていますね。ドルドレイは戦いの段取りも見せなければならないのがやっかいで。しかも、その中でそれぞれのキャラクターが抱えたエピソードもきっちり消化したい、と……。グリフィスに執着するゲノンも出てくるし、キャスカとアドンの戦いもある。 でも、実は、一番最初のコンテではこのくだりは10分くらいしかなかったのですが。
三浦
随分前から「ドルドレイは難しい、大変だ」とおっしゃってましたよね。
窪岡
ドルドレイのコンテをフィックスさせるだけで3ヶ月くらいかかりましたので。結果的に尺も30分程にまでなりました。この戦闘では、スケール感が肝だと捉えたのですが、めまぐるしくシーンをザッピングしていくことで、そのスケールを出していきました。ゲノンとボスコーンの関係だったり、グリフィスとの関係だったり、アドンとキャスカの関係であったりを同時多発的に描いていきました。
三浦
感無量ですよね。何十年も前、あのシーンをマンガで書いた努力が報われました。

息づき、変化していく関係性とその中の真空地帯

窪岡
今回、キャラクターたちの内面の描き出し方もより注意を払いました。特に、グリフィスという男をどう捉えるのか。グリフィスって、男でも憧れうる存在だと思うんですが、捉えづらいんですよね。ある種、人間を越えた— —とまではいかないにしても、絶対に踏み込めない部分があると感じたので、グリフィスに関しては、三浦先生にも「この時のグリフィスは、本当はどうだったんですか?」みたいなことをしつこく聞いた覚えがありますね。
三浦
グリフィスというのは、まわりにいる人間やマンガを読んでいる人によって印象が変わるキャラクターにしたかったんですよ。作品の中の真空地帯にしたかった。だから、いくら作者であっても「グリフィスはこうなんだ」と一定のイメージを押しつけてしまうと、もうそれはグリフィスじゃなくなっちゃうんです。何か策謀を巡らしているとしても、綿密に考えてやっているのか、本能で動いた結果、そこにたどり着いたのか、わからないようにしたかった。そのあたりのことは、窪岡監督にかなり説明した気がしますね。あえて言葉にするのなら「子供」なのだと。そういう不思議なキャラを、ちゃんとアニメの中で成立させてくれたのは嬉しかったですね。表情の奥底にある意味が定かでなくても、ただそこにいるだけで印象に残る……。
窪岡
尺に収めるために削らなければならないエピソードがたくさんあって断腸の想いだったのですが、恩田さんによるキャラクターデザインや芝居づけの説得力がそれを補ってくれました。
三浦
対して、ガッツに関しては、見たまんまでやっちゃってください、という感じでしたね(笑)。
窪岡
ガッツは言葉数が多いキャラではないけど、ある意味でわかりやすい。そこが魅力ですね。そして、第二部といえば、キャスカとシャルロットというふたりの女性の存在も大きくなっていきます。
三浦
黄金時代篇を描いていた当時、中世のヨーロッパの感じを出そうとしたときに、あの時代はすごく男尊女卑の世界だったんじゃないか、という考えがあったんです。で、そういう世界観の中で、すごく頑張っている女の子を描きたいと思った。『ベルセルク』の女性キャラというのは、同性である女性に好きになってもらいたいな、と思って描いている面も大きいんですね。男が描く女性キャラって、どこか男にとって都合がいい子になってしまいがちなので。そうならないように、女性に失礼がないように、男尊女卑の世界のお話だからこそ失礼がないように、って思って描いていました。
窪岡
ああ、それはわかりますね。今回、アドンが出てくるじゃないですか。アドンは、キャスカと絡む中で、彼女の内面を引き出す役としての機能もあるんですよね。
三浦
歩くセクハラですよね(笑)。
窪岡
田中(栄子)さんなんかは女性目線で見て、「こんなヤツ、サクッとやってしまえ!」という意見だったんですけど、僕としてはだからこそ、しっかり見せたいと思った。観ている女性が腹を立てて、心底「早く死ね」と思ってもらえるように頑張りました。田中さんが怒り出すことを目標に描いた— —といったら変ですけど(笑)、でも実際、ほんとにアドンのことを嫌ってくれたので、やった! と思いましたね。ここまで絡んでくるアドンがいるからこそ、否応なしにキャスカは女である、ということが、あぶり出されていくわけです。
三浦
僕がベルセルクを描きはじめた90年代って80年代のマンガの匂いがまだ残っていて、アドンのようなキャラクターを描いても大丈夫でした。最近はアドンみたいなキャラは見かけないし、やったとしてもギャグになっちゃう。今回、映画であらためてアドンを観て、ひと回りした感覚で、ちょっと新しい存在に感じられるところがありました。
窪岡
もうひとりのヒロインであるシャルロットは、これ以降自発的に動き出すキャラなので、その意識の芽生えをどこかに入れられないだろうかと考えました。グリフィスに憧れ、為すがままにされてしまういたいけな少女というだけではなく、彼女が自分から求めていく姿を見せておきたかった。僕はシャルロットってああ見えて、芯が強い子だと思うんです。
三浦
その通りだと思いますね。シャルロットって、原作でもこれからもっと掘り下げて描いていきたいキャラクターのひとりなんですが、いつも思っているのは「頭の良くない強さ」ということですね。わりとうっかりさんというか(笑)、世界の流れとか大きなことはよくわかってない子なんです。でも、だからこそ持ち得ている普通の女の子の感覚というのは、この世界にとって稀有なモノなんじゃないか、と。恋する乙女の強さでどんどん突っ走っていくキャラクターにしたいと思っているんですけど、今回の濡れ場にその一端が見え隠れしていますね。
窪岡
コンテ初稿では、すごく男性視点から描かれていたんです。それがちょっと気になって、シャルロットの視点に寄せる描き方に変えていきました。それは、先ほどの三浦先生の「女性に失礼のないように」という感覚と通じるものがあると思います。
三浦
洋画などでは、普通にああいうシーンがありますが、それと同じように、自然な感覚で観れましたね。
窪岡
息づかいや音楽のバランスなど、音響の調整を数日こもってやっていました。あのシーンには、もうひとつ重要なベヘリットの存在がある。グリフィスの首元で揺れるそれが、運命を導いているとも言える……。そういう形而上の力というものを音楽や音響や映像を駆使して言葉ではないところで表現できたらと思いましたね。

『ベルセルク 黄金時代篇Ⅱ
ドルドレイ攻略』
パンフレット豪華版より抜粋

『ベルセルク 黄金時代篇Ⅱ ドルドレイ攻略』パンフレット豪華版

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